以前頂いた、とても素敵なプレゼント 水に桜のキャンドルをうかべて、 灯りをともしました 私に希望の灯りをともしてくれた、色々な人へのお返しに 私も、たくさんの人に希望の灯りをともせる人に、なります 投稿ナビゲーション 訃報:Sir Michael Breckerお気に入りの布
希望の灯り という、神戸灘の酒の蔵元のお酒をもらったことがある それは、電球の形をした2合瓶で お酒がはいっていると、吹きガラスのように微妙にきらめく おそらく、阪神震災復興のころ 神戸市民の願いを込めて作られたものだとおもう そんな思いとともに いただいたお酒は格別だった 「希望の灯り」(とも☆ thank you) ワイディング ロード その辻辻をちらちら照らし、照らされたい 返信
ゆれる瞬き 偶然、私も先日桜型のフローティングキャンドルを購入しました。 すごく薄いピンクの小さいキャンドル。 それと同時に買った「染井吉野」というキャンドル。 どれも桜の香りがついていて、視覚的にも嗅覚的にも癒されるんじゃないかなって。 もうすぐ春が近づいてるんですね。 私は去年CHAKAさんを知って、CHAKAさんからたくさんのぬくもりや愛を投げてもらえたって思ってます。 私もぬくもりや優しさや愛を、もっともっと投げられるように、心に明りを灯せるようなそんな女性になりたいなって思いました 返信
light of hope 今日は、午後から、ほとんどどこにも行かず マイケルさんを想って、彼の音楽を聴きながら そして、ミニポーチを1つ作りました 彼の魂を弔う意味も込めて、一日、ろうそくの火を たやさないようにしていました プレゼントで頂いたキャンドルがなくなったら 別のキャンドルに火をつけて さよなら、だけど good bye、だけど 再見、です C U again 返信
キャンドルに12年前を想う このキャンドルの写真を見た人それぞれが いろんな想いを抱いたに違いありません 私は12年前を想いました ちょうど12年前の今、 みんな普通の生活をすごしていた 誰も24時間後に起こることなんて想像できなかった… 身近な人を失ったわけではないけれど 12年前に起こったことを 私は一生忘れないと思います このキャンドルの灯りが 多くの魂への弔いとなりますように… 返信
Unknown キャンドルの灯りから感じられる暖かさと温もり そしてほんの少しの淋しさと涙 みんなが平和で愛し合えるといいのにな。 こんど正井千尋さんが名古屋でライブをするそうなのでちょっと行って来ようかなって思っています。 三人かい?も楽しみですね♪ 返信
灯‥ チャカさんおはようございます。ステキなキャンドルですね~☆雑貨が大好きでよく雑貨屋さんに巡ってそれだけで癒されてます‥ 今はお店でいろんなキャンドルが売ってますよね♪ その灯がチャカさんの心の癒しになったのですね‥ 私もきみたぬきさんが書かれてたこと‥わかりましたよ(^^)そうですよね あれから12年。この明かりで助けられたこともあったかな 今でも思い出すと怖いけど忘れてはならない大事なことも得られた気がします。 チャカさんごめんなさい 話しがそれてしまいました(^_^;) つよたんさんもありがとう私も差し上げた後に気付きました☆思えばそうですよね(^_-) 返信
癒されました。 何だか、暖かい気持ちになりました。 素敵なお写真をありがとうございました。 みてたら、ぴたっと時間が止まって優しい空間が流れてるそんな感じを抱きました。 焦らないで、ゆっくりと時がたつのをまとう。 きっと、希望の光を照らしてくれる!! 今は、休むときなのだから…。 私自身は、もっと生活にゆとりを持たないとだなとも思いますが…。 返信
桜のキャンドルに想う。 CHAKAさん、こんばんは。 きみたぬきさん、とも☆さん、このキャンドルを見て、私も12年前を思い出しました。 当時神戸にいた私は、寝起きばなに体験したことない揺れ! とっさに地震とは分からず、飛行機でも落ちたかと・・。 とにかく蛍光灯が落ちてきては大変と一緒に寝てた娘達にお布団を被せ、隣りの部屋で寝てた主人が「大丈夫か!」と飛んできた。 まだ電気もついたので、朝ご飯を準備し、普通に行ってらっしゃいと送り出し、駅まで車で行った主人が血相変えて帰って来たのはそれからまもなくだった。 「電車が動いてない!道も段差があって、エライ事になってる!!」 それからほんまに色んなことがありました。 西宮の両親、兄が命からがら避難してきたこと。 すぐにスーパーに食料を買いに行くも、あっという間に売り切れ、レジには長蛇の列。 オイルショックの紙不足を思い出しました。 水が止まり、トイレに苦労したこと。 ご飯も今度いつ炊けるか分からないから、炊いたことない8合を炊き、でも充分にとぐ水はなく・・。 明石の友達の家に洗濯やお風呂に入りに行ったり、ひとつひとつは決して忘れない。 火事のあった地域では、逃げ遅れた子供が多数亡くなりました。 子供を助ける為に火の中に飛び込むこともできなかったと後悔の念のお母さんの手記も読みました。 自分が飛び込んで万が一のことがあったら、他の子供を誰が育てるのかと。 京都から飲み水を持ってきて下さった団体さんがおられたり、配給があったり。 人の優しさが痛いほど染みました。 たくさんの犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りします。 近い将来、また大地震に見舞われると言われてます。 地震が来たらまず逃げる道を確保(玄関のドアを開ける、窓を開ける。家がゆがんで開かなくなる時があるから)、靴をはく(ガラス等が割れて足を怪我するから)・・ 家族の避難場所を決め、飲み水を蓄え、色々と備えています。 長くなってごめんなさい。 返信
キレイ☆
素敵なキャンドルですね~
見ているだけで暖かさを感じます。
ほんとに
綺麗ですね~
これ見てると心にもこんな花が咲きそうで。春が待ち遠しくもなります。
キャンドルって、心にぬくもりをくれる灯り☆
希望の灯、私もあげれる人になりたい。もらってばかりで…
希望の灯り
という、神戸灘の酒の蔵元のお酒をもらったことがある
それは、電球の形をした2合瓶で お酒がはいっていると、吹きガラスのように微妙にきらめく
おそらく、阪神震災復興のころ 神戸市民の願いを込めて作られたものだとおもう
そんな思いとともに いただいたお酒は格別だった
「希望の灯り」(とも☆ thank you)
ワイディング ロード その辻辻をちらちら照らし、照らされたい
ゆれる瞬き
偶然、私も先日桜型のフローティングキャンドルを購入しました。
すごく薄いピンクの小さいキャンドル。
それと同時に買った「染井吉野」というキャンドル。
どれも桜の香りがついていて、視覚的にも嗅覚的にも癒されるんじゃないかなって。
もうすぐ春が近づいてるんですね。
私は去年CHAKAさんを知って、CHAKAさんからたくさんのぬくもりや愛を投げてもらえたって思ってます。
私もぬくもりや優しさや愛を、もっともっと投げられるように、心に明りを灯せるようなそんな女性になりたいなって思いました
Very Butiful
綺麗です~!
癒しのキャンドルですネ。
こんなの眺めて、ぽぉ~としたら、とても心地よくなれそうです。
キャンドルの明かりのやさしさっていいですね。
light of hope
今日は、午後から、ほとんどどこにも行かず
マイケルさんを想って、彼の音楽を聴きながら
そして、ミニポーチを1つ作りました
彼の魂を弔う意味も込めて、一日、ろうそくの火を
たやさないようにしていました
プレゼントで頂いたキャンドルがなくなったら
別のキャンドルに火をつけて
さよなら、だけど
good bye、だけど
再見、です
C U again
キャンドルに12年前を想う
このキャンドルの写真を見た人それぞれが
いろんな想いを抱いたに違いありません
私は12年前を想いました
ちょうど12年前の今、
みんな普通の生活をすごしていた
誰も24時間後に起こることなんて想像できなかった…
身近な人を失ったわけではないけれど
12年前に起こったことを
私は一生忘れないと思います
このキャンドルの灯りが
多くの魂への弔いとなりますように…
Unknown
キャンドルの灯りから感じられる暖かさと温もり
そしてほんの少しの淋しさと涙
みんなが平和で愛し合えるといいのにな。
こんど正井千尋さんが名古屋でライブをするそうなのでちょっと行って来ようかなって思っています。
三人かい?も楽しみですね♪
灯‥
チャカさんおはようございます。ステキなキャンドルですね~☆雑貨が大好きでよく雑貨屋さんに巡ってそれだけで癒されてます‥
今はお店でいろんなキャンドルが売ってますよね♪
その灯がチャカさんの心の癒しになったのですね‥
私もきみたぬきさんが書かれてたこと‥わかりましたよ(^^)そうですよね
あれから12年。この明かりで助けられたこともあったかな
今でも思い出すと怖いけど忘れてはならない大事なことも得られた気がします。
チャカさんごめんなさい
話しがそれてしまいました(^_^;)
つよたんさんもありがとう私も差し上げた後に気付きました☆思えばそうですよね(^_-)
癒されました。
何だか、暖かい気持ちになりました。
素敵なお写真をありがとうございました。
みてたら、ぴたっと時間が止まって優しい空間が流れてるそんな感じを抱きました。
焦らないで、ゆっくりと時がたつのをまとう。
きっと、希望の光を照らしてくれる!!
今は、休むときなのだから…。
私自身は、もっと生活にゆとりを持たないとだなとも思いますが…。
桜のキャンドルに想う。
CHAKAさん、こんばんは。
きみたぬきさん、とも☆さん、このキャンドルを見て、私も12年前を思い出しました。
当時神戸にいた私は、寝起きばなに体験したことない揺れ!
とっさに地震とは分からず、飛行機でも落ちたかと・・。
とにかく蛍光灯が落ちてきては大変と一緒に寝てた娘達にお布団を被せ、隣りの部屋で寝てた主人が「大丈夫か!」と飛んできた。
まだ電気もついたので、朝ご飯を準備し、普通に行ってらっしゃいと送り出し、駅まで車で行った主人が血相変えて帰って来たのはそれからまもなくだった。
「電車が動いてない!道も段差があって、エライ事になってる!!」
それからほんまに色んなことがありました。
西宮の両親、兄が命からがら避難してきたこと。
すぐにスーパーに食料を買いに行くも、あっという間に売り切れ、レジには長蛇の列。
オイルショックの紙不足を思い出しました。
水が止まり、トイレに苦労したこと。
ご飯も今度いつ炊けるか分からないから、炊いたことない8合を炊き、でも充分にとぐ水はなく・・。
明石の友達の家に洗濯やお風呂に入りに行ったり、ひとつひとつは決して忘れない。
火事のあった地域では、逃げ遅れた子供が多数亡くなりました。
子供を助ける為に火の中に飛び込むこともできなかったと後悔の念のお母さんの手記も読みました。
自分が飛び込んで万が一のことがあったら、他の子供を誰が育てるのかと。
京都から飲み水を持ってきて下さった団体さんがおられたり、配給があったり。
人の優しさが痛いほど染みました。
たくさんの犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りします。
近い将来、また大地震に見舞われると言われてます。
地震が来たらまず逃げる道を確保(玄関のドアを開ける、窓を開ける。家がゆがんで開かなくなる時があるから)、靴をはく(ガラス等が割れて足を怪我するから)・・
家族の避難場所を決め、飲み水を蓄え、色々と備えています。
長くなってごめんなさい。