最近、寂しいと感じたことを書こうかな。
玉置浩二さんと石原真理さんが、婚姻届を出したという報道から半年で破局というニュースについて。私の周囲でも話題にしている人がいるし、レストランなどに入っても、おもしろおかしく笑っている人達の会話を耳にしました。mixi日記にもたくさんの人が、嘲笑した日記を書いてますね。
彼らの破局がニュースになる理由は、結婚が幸福を、離婚が不幸を象徴していることになっているからだろうね。
だとすれば、どの様な過程を経たカップルであろうと、誰かが離婚(破局?)したことを平気で笑うのは、私は人としてあまり品の良いこととは思わないし、真心が足りないと思う。
私はガラも悪いし、言葉遣いも悪い。だから、せめてギリギリの品格ぐらいは頑張りたい。大勢の人に影響力のあるジャーナリズムにもそれを求める。言葉は時にえげつないぐらいの表現があっても、せめて品格だけは。。。
私が、仮に、昔、玉置さんと結婚していた立場なら別でしょう。私が正妻なのに、玉置さんと石原さんがつきあうことで、辛い想いをした経験があるなら「ほら、見てご覧なさいよ。ざまぁ」みたいな気持ちが湧くこともあるでしょうけど。
大勢の人が彼らの破局に対して「やっぱりね」「前から思ってた」「予言が当たった」みたいに言っているけど、離婚(破局)が不幸なことなのなら、人の不幸を予言して、それが当たったからって自慢げに言うのは、冷たいなぁと思う。
この世の中って、自分が好きではない人、気に入らない人だったら、その人がどうなろうと知るもんか、ってな感じなのでしょうか?
玉置さんの歌はすごくうまいし、いい曲いっぱいあるし、人気もある。彼がまた音楽制作に精を出すというのは、とてもいいことだと思うし、待っている人も多い。
石原さんも是非、女優さんやタレントさんとして、ご自分の「芸」を真剣に磨けば、お互いそれぞれが成長し、より良い関係になり、結果、2人が一緒に幸せにいられる時間が増えるようになるのに、残念だなと思います。
それに、私は、今の彼女の出演するドラマや映画作品などを見てみたい。
何故なら、例えば、横山やすし、マリア・カラス、ジャニス・ジョプリン、エディット・ ピアフ(敬称略)など、私生活では周囲の人々に多かれ少なかれ迷惑をかけてしまうところもあるぐらい、何かの念や自我や情念が強い人の作るものは、一種独特の魔力や引力がある場合があるから。
それらの芸や作品が、本物の一流の芸術かどうかは私には判断出来ない内容のものもあるけど、例え超一流の芸術とは呼べない
ものであっても、私にとって魅力のあるエンターテインメントであることが、決して少なくはないから。
また、彼らの破局に対してblogに「どーでもいいし」という文章を書いている人は、どーでもいい、の意味をご存知ないか本当はどーでもは良くない人たちだと、私は感じます。
玉置さんと石原さんは呆れたバカップルだったろうけど、それを見下げてただあざ笑う人達も、決して尊敬できないと感じてしまいます。
本人には届かないと思うと、人って色んなこと言うよね。匿名性って怖い。
人権とか、人に優しくとか、平和を願う、なんてのはどこにあるのだろう?とか思っちゃう。
石原さんは、以前結婚していたというアメリカ男性と離婚出来ていないという噂もあるが、もしそうだったら、ちゃんとした方がいいよね。でもね、まずは素直になった方がいい。よけいな御世話かもしれないけど、そう思う。
心から石原さんのことを理解してくれる、本当の友達と出会う為にも。
悪い時には叱ってくれて、寂しい時にはとことん話しを聞いてくれる 本当の友達と出会う為にも、ね。
強いだけの人も
弱いだけの人も
良いところだけの人も
悪いところだけの人も
いない。
私にも強さ弱さ、良さ悪さ、その中間や、色々な組み合わせがある。
今、自分はなんとか大問題にもならず生きて行けてる。感謝。
だけど、自分が今のところ何とか大丈夫だからって、なかなか不器用で、目立つほど変な感じになっちゃう人の。その一部だけを見て、笑うことは、あんまりしたくないっす。
mixiなどにも「死ね」とかって、簡単に日記に書く人いるでしょ?
もし、本当に死んだらどうするんだろ?っていつも思う。
直接、何かされたわけでもなく、面識もない芸能人で、ただ、テレビで見てて「気に入らん!」という程度の人に「死ねば?」って書いて、その人が何かのことで、その直後死んじゃったら、その人は「ざまぁ」って、また日記に書くんだろうか?
小・中学生の頃、クラスメートに対してむかついてたら
「もうこの人と会えるのは最後かも、って
そういう想いで人と接して行ってごらん」
って、私は両親に教えてもらったよ。
その頃は、無理やったけど、大人になってから、その言葉をよく想い出しますね。
自分が出した言葉、文字、声が、どこまで届くかの想像力が足りないのは寂しい。
自分が普段ストレスを感じているから「人のことなんか知るもんか!」みたいなことなのかな?
その人が、どれだけ馬鹿なことをしてしまったとしても、その過程、原因などを一切思いやらずに、頭から罵倒したり嘲笑したりしているのは、とても不思議。
他を思いやってあげるということは、人間だけに与えられた力なのだから、使って欲しいよ。
人は馬鹿なことをした人に「馬鹿」と罵倒します。 それは、馬鹿という状態が良くないことだからでしょ? もし、良いことなら、人は罵倒は出来ない。
だったら、馬鹿なことを、思いやってあげるべきなんじゃないかと思うのです。
動物は生存競争だし、優秀なDNAだけを残そうと言うルールで生きているから、弱いものは生き残れない。それをみな納得して生きてる。
でも、人間には、思いやりという特有の力が与えられているはずです。
自分が直接、被害を受けたわけじゃなければ、思いやってあげて、せめて、黙っておいてあげるべき、じゃない?
(日頃、ちゃんと言うべきことを言えない人ほど、黙ってあげるべき時に、黙れないのでは?と感じています)
ただ人を馬鹿にしたり、その良くないことを「予言した」と得意げに言ったりするのは、自分が、その馬鹿な人より優れている
ということをアピールするためかな?と推測するけど、それって、世の中にどんな「良い影響」を与えると言うのでしょうか?
玉置さんには音楽がある。本当に歌がうまいですよね。きっと、またたくさんいい曲を作って。今より素晴らしくなられるでしょう。
面識もない、知名度も彼女よりずっとない私がどうこう言うことじゃないですが、石原さんもblog等で言い返さず、女優さんとして芸を磨いて、人から信頼されるように積み上げて欲しいと思います。
彼女はvictim of her choice:自分が選択した道の犠牲者に、自分でなって行かないで欲しいです。これ以上。
私は、それをとても可哀想と思います。同情しています。
同情というのは、語弊のある言葉になっていますが
sympathyというのは、本来とても良いことだったはずです。
でも、テレビのワイドショーなどを見ていても、彼女になんらかのエール的な言葉を送ってあげている人は、あまり見かけません。
ほんと、よけいな御世話だけど
きっと、彼女は孤独でとてもつらいはず。
誰か彼女を信じて期待してあげて、辛抱強く、女優さんとしての再起につきあってあげる人がいて欲しいなぁと、思います。
私は全く面識ありませんが、彼女がどうなろうと「どうでもいい」なんてことは、絶対にありません。
全く知らない人でも、幸せになって欲しいです。
とりとめもないけど、最近、とっても寂しいなぁと感じていること、書きました。
とてもチャカさんらしい
エントリーだと思いました。
私も「死ね」という言葉、と言うか言い方が大嫌いです。
そういうことを軽々しく言ってる人って、
「自分は死とは遠い存在」と思ってるんだろうなぁ。
紙一重とは言わないまでも、結構近くに「彼ら」は居るような感覚があるのは、仕事のせいか、または長く生きてきたせいか。
それと、心のどこかで「言霊」はあると思っているから、かもしれません。
本当にベタですが、
この頃、「思いやり」とか「(同じ事を自分がされた場合の)想像力」なんてものが
明らかに欠落しているような気がします。
そやな
優しく 寛容に生きた方が
人生 二倍も 三倍も
楽しいし
そしたら もっと優しくなれるし
ほんで 優しくしてもらえるし(⌒o⌒)
Unknown
とても共感しました。最近ネットの匿名性のせいか、
心無い書き込みをしたり平気で罵倒する書き込みを見るにつれ
このままで大丈夫なのだろうかと薄気味悪く感じていました。
私ごとで恐縮ですが、ついこの間あるアーティストの曲を
ネット上で「こんなのもあるよ」って書き込みした時に、
「ださい」とか「こんなの誰々のパクリだ」とか、挙句の果てに
私の文章の書き方にまで言われてしまいました。私は自分が罵倒されたことより
そのアーティストに対して申し訳ない気持ちで悲しくなりました。
私が書かなければそのアーティストは馬鹿にされなかったのにって・・。
しばらくその人の曲も聞けなかったし聞くのも怖かったし聞けばそのことを思い出して
自分の好きな曲がそんな風に変わってしまったことが悲しかったです。
私自身も想像力が無くてうかつだったと思いました。ネットって思った以上に怖いところです。
だけど必ず向こう側には生身の人間がいるんですよね。たとえそれが有名人でも
有名人だからって好き勝手言っていいわけじゃないし傷つく心は同じ。
ある人のブログで曽野綾子さんの言葉を目にしました。
「人を非難したり、恨んだり、誤らせようとしたり、差別したりするのは、
自分の人生が失敗だった人のすることである。」
これは自分の胆にも銘じなければならないと思いました。
長くなってしまいごめんなさい!
ただいつも嬉しく思うのは自分の大好きなアーティストであるチャカさんが
思いやりのある人なのでいつも嬉しく拝見しています。
私もそうありたいです。
マインド 未来
人の不幸をあざ笑う行為 恥ずかしいですね。
あざ笑う前に 助けれるか?
競争社会の中で 格差のなかで 嫉妬とか いろんなものが 作用して そういう人格になるのだろうか
人を 救うのは難しいことですね。どれくらい人を援助できるか?精神ストレスとの係わり合いは どうなんだろうか?本当に 人が 助け合ったら どんな地球になるのだろうか?自己のやるべき事と 人間関係において~ いろいろな問題がある世の中でも あるけれど。
すべてが 因果ならば どうなるか?
人生研究会(名前検討中 思考回路研究会(名前検討中